2009年8月23日日曜日

米国におけるクレーム解釈 ― 均等論と審査経過禁反言 


以下の解説を読む際には、クレーム解釈についてのマインドマップを参照のこと。

現在の米国のクレーム解釈において特徴的な点は、「第三者の安全」のための「公衆への公示機能」が非常に重要視されている点である。これは、U.S.C§112の"distinctly claim"という要件に集約され、第三者が自らの製品、行為が特許権侵害になるかどうかの判断を明確に出来ることを要求している。

もちろんこの要件は現在はどの国においても重視されているが、強調のされ方は国ごとに違い、米国においてはアンバランスな程に強調されている。アンバランスとは、特許権者の保護と第三者の保護がアンバランスと言うことである。

クレーム解釈の原則は、いわゆる「周辺限定」主義であり、クレームに基づいて保護範囲が決定される。具体的には、いわゆる「二段階テスト」で決定される。即ち、まずクレームの「文言精査」を行う。文言精査においては、用語の平易な意味及び通常の慣習的な意味を以って解釈し、明細書の定義は辞書の定義に勝る。より抽象的に表現すると、内的記録は外的証拠に勝る。また、文言精査においては、当業者にとってクレームの用語がどのような意味を持つかが判断される。いわゆる「全要素ルール」が適用されるが、これは特許発明の実施と言うためには構成要件の全てを実施する必要があるという日本の解釈と同じである。

文言精査で非侵害と判断された場合に均等が考慮される。均等を認めるのは、端的に言うとエクイティを行うためであり、文言解釈だけだと模倣者による特許に対する詐欺を容認する結果となり、特許権者のための公正さが担保されず、結局、発明の秘匿を招来することになるからである。均等を認めるのは、また、イノベーションの本質を言葉が捉えきれないということに根拠を置いている。

均等と認められるためには特許発明と侵害被疑の物又は方法との相違点が「重要でない変更」である必要がある。これはボールスプライン判決の第1要件に似ている。この重要でない変更を判断するためには、いわゆる「全要素ルール」が適用される。歴史的には「全体としての発明」について判断された時代もあったが、現在は全要素ルールが定着している。全要素ルールにおいては、各要素すなわち発明特定事項について一対一の均等が要求される。各要素については、発明全体におけるその役割、性質、及び機能が考慮されるが、これはボールスプライン判決の第2要件に似ている。また、当該要素が均等と認められるためには、侵害の時において周知の相互置換可能性が存在することが必要である。これはボールスプライン判決の第3要件に似ている。更に、侵害被疑物品又は方法が特許発明の個々のクレーム要素と同一又は均等な要素を含むかという本質的な問いかけに答えるために、特定の特許クレームの文脈におけるそれぞれの要素が果たす役割についての解析を行うべきとされる。このために当該要素が「実質的に同一の機能、手段、結果」を提供するものであるかを検証する、「三つの同一性テスト」が導入されてきたが、これはあくまで便宜的なものであり、必須のテストではないとされる。なお、このテストはボールスプライン判決の第2要件に似ている。

クレームが公衆への公示機能を果たすために、包袋禁反言がアンバランスな程に重視される。包袋禁反言あるいは審査経過禁反言とは、実質的には審査経過における減縮補正を減縮された部分の放棄の宣言と推定することを意味する。禁反言の働く補正とは、特許性に関わる実体的な理由により行われた補正を意味し、新規性、進歩性に限られず、§112の記載要件を満たすための補正であっても禁反言が働きうる。この場合、自発補正と審査官に要求された補正とは特に区別されない。フェスト事件においてはクレーム対象の放棄の宣言が反証可能な推定(柔軟なバー)なのか、それとも、反証不可能な擬制(完全なバー)なのかが問題になったが、反証可能な推定であると言う判断が確定した。即ち、補正がされたクレーム要素について何が放棄され、何が放棄されなかったかについての説明を特許権者が提供できる場合には推定を覆すことが出来る。説明責任は特許権者側にある。例えば、補正時において予見できない対象、即ち、後に出現した均等物については補正をした場合であっても均等が認められる可能性がある。ただし、当該後に出現した均等物が、減縮補正された上位概念クレームに含まれていた場合には、均等論の主張は認められないと思われる。最高裁は、広いクレームを狭いクレームに補正したということは、特許権者がその両方の言葉を知っていて、広い方を放棄して狭いほうを確かに選んだことを意味すると言っているからである。

ここからは私見になるが、審査経過禁反言を考慮する際に、CAFCはクレームの公衆への公示機能を徹底させるために「完全なバー」アプローチを採用したが、最高裁は特許の文脈を越えた禁反言一般の本質から特許権者が実際にクレーム対象を放棄したか否かという実質的な判断を行う「柔軟なバー」アプローチを採用した。

しかし、「柔軟なバー」アプローチであっても、一旦減縮補正をすると禁反言を覆すのは殆どできない。実質的に減縮補正をするのは何らかの特許性に関わる実体的な理由によるものであるのが常だからである。従って、最も広い特許発明の保護範囲を享受するためには、初めから特許要件の全てを満たし、かつ、最大の大きさを持つクレームを起案することが理想となる。従来のように、初めは非常に広いクレームを書き、審査官の指摘に応じてクレームを減縮し、更には無効審判を提起されたら更に減縮するという戦略は結果的に皮肉な結末になる可能性が高い。

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